ブッダの冥想より、洗濯物を干すほうが大事!




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協会の記事ではありません。 吉水 秀樹 安養寺住職 のfbより紹介です。
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ブッダの冥想より、洗濯物を干すほうが大事!


 ブッダの冥想はありのままの自分を観察することです。それは理想の自分を見るのでもなく、なりたい自分の姿を見ることでもありません。今朝、坐る冥想していたのですが何時になくこころが落ち着きません。思考が多くておさまりがつかず、呼吸に集中できません。50分も経過しているのにどうしたことだろうと少し焦っていました。そのとき、「あっまたしてもありのままの自分の姿を見るのではなく、こうであって欲しいという、今ここにない理想を追っている。」と、静かに気づきました。

 実は今朝、坐るときに洗濯物のことが気になっていました。いい天気になってきたので洗濯物を干したいと思っていました。しかし、冥想に比べたらつまらないことなので、そんな私の考えを無視して坐りはじめていました。そのときにはじめて、「私はブッダの冥想より、洗濯物を干したい!」と思っているありのままの自分に気づきました。そして、それを認めたらその欲はものの見事に消えて、こころが静まりました。

 皆さんは、私のことをアホな坊さんと思いますか? 十年、初期仏教の冥想を続けている私のありのままの姿です。 そういえば、ニャーナラトー師が初めて私の寺に来てくださって法話をされた時に、チョコレートの話をしてくださいました。タイの田舎の僧院に誰かが布施でチョコレートをくださって、タイの田舎でチョコレートはたいへん珍しくて、みんなで割って分けて、一人一欠片のチョコを食べられたそうです。それが美味しくて、居間にあと二欠片ほど残っていたらしいです。師が次の朝に冥想をしていた時に、その残ったチョコのことが気になって、こころが落ち着かなかった…、たしかそんな感じの温かいエピソードでした。  冥想で気づくありのままの自分の姿は、決してブッタの姿のようなかっこいいものではないようです。いつでも、たとえそれがどんな姿であっても、ありのままの自分を認めることが、ブッダの冥想のいろはのいのようです。


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