『袈裟について』 

最終更新: 2019年3月12日


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協会の記事ではありません。 吉水 秀樹 安養寺住職 のfbより紹介です。

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---誤解の無いように追記しておきます--最後尾最後尾--2019-03

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『袈裟について』 

    パーリ語勉強会 2019年2月28日 黄檗道場

 パーリ語でkāsāva カーサーヴァという言葉があります。元は「壊色の」「黄褐色の」という意味で、そこから東南アジアの僧侶の衣、「黄褐色の僧衣」を意味するようになりました。  日本の坊さんが身に着ける「袈裟」(けさ)は、kāsāvaの音写で漢訳された言葉です。元は糞掃衣(ふんぞうえ)とも呼び、捨てられた布の断片を縫い合わせた粗末な衣類でした。それで、日本の袈裟も縫い合わせの文様があります。大きさによって、小五条・大師衣・七条といった袈裟があります。

 日本仏教では福伝衣(ふくでんね)とも呼ばれて、気候風土や文化の違いから次第に変化してきました。熱帯の東南アジア諸国と日本のような寒い冬のある地域での僧衣の違いは仕方がありません。しかし、お釈迦さまの在世時から、上座部では小僧(沙弥)も長老も同じ袈裟でした。托鉢で生活する彼らにとって、民衆が衣の色で僧侶を区別して布施するようになったら問題が起こります。そのような差別が起きないような配慮と平等心に基づいているのだと思われます。

 日本仏教では僧階によって、衣の色まで細かく分類規定されています。ここまではそれほど大きな問題ではありません。ところがあろうことか、日本ではこの袈裟に執着する僧侶が現れてきました。女性がブランド物の高価な衣類を好んで、争い自慢し執着する姿と同じです。

 現在では七条袈裟はたいへん高価な仏具です。一般的な物を法衣店に求めても、50万円位は普通の価格です。これから四月になると浄土宗本山では、御忌と呼ばれる、宗祖の命日の法要が派手に修されます。そこに参集する僧侶の正装の袈裟は、一枚が本金を使った西陣織で、500万円といったものも珍しくありません。それがエスカレートして、お金持ちの僧侶のファッションショーにもなっているのです。ある僧侶は、数珠は本水晶で50万円、下駄から水冠(帽子)まで、全部で1000万円なんて話も聞いたことがあります。

 前振りが長くなりました。今回勉強した「法句経」第1章の9.10は、そのような僧侶の服装(袈裟)について、お釈迦さまが説かれたものです。

 私の訳から、 法句経 第一章 9.10

★汚れを落としていないのに、袈裟を着ようとする  制御と真理から離れた者、彼は袈裟を着るに値しない。9

★しかし、汚れを排除した者として、  もろもろの戒において心が定まったなら  制御と真理を具えた彼は、まさに袈裟を着るに値する。10

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吉水 秀樹 ---誤解の無いように追記しておきます。今日の主題は日本仏教批判ではありません。このような話をあるテーラワーダ比丘に話したら、実はテーラワーダ比丘の中にも衣類に執着する人もいると。同じ黄褐色の衣でも、素材や微妙な色合いや形の違いに執着している者もいるということでした。日本の坊さんは大っぴらに袈裟自慢、テーラワーダ比丘はひっそり細部に執着…。肝心なのは、仏教者は執着こそを捨てる、執着のないものが袈裟に値する。因みに私は晋山式の時も法衣は新調しませんでした。お寺に代々あるもので十分でした。法衣はいろいろ面倒なので、法事以外はもっぱら作務衣で暮らしています。

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