top of page

実った果実をどのように用いるかは、人間であれ、鳥であれ、虫であれ、その方にお任せ。これもお布施です。「遠離(おんり)を楽しむ」という実践

  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

++++++++++++++++++++++++++++++++

協会の記事ではありません。

 サークル仲間の所感です。  

++++++++++++++++++++++++++++++++



「スモモの樹は、自分の鏡」

​ ​スモモの樹とのお付き合いは、まるで自分の鏡を見ているようで、実に面白いのです。

​収穫前の色づき始めた一ヶ月は、病気になった実を見つけて間引くのが仕事。薬剤を一切使わないため、毎日の小まめな作業と、高い集中力が欠かせません。

茂る緑の葉の中で、タワワに実る果実。ちょっと角度を変えるだけで、また新たな病果が見つかる。

​この作業は、自分の「心の流れ」を観察する時間でもあります。

このスモモは樹齢40数年を数える古木で、相当にあちらこちら傷んでいます。私も87歳の老人。どちらも身体はボロボロですが、樹は根っ子が、私は心が元気です。だからこそ、樹は枝ぶり良く実をたくさん成らし、私も「心の観察」という実を実らせている。そんなところに、深い親近感を覚えるのです(笑)。

​雨の日も風の日も休みなく樹に向き合っているのですが、ふと妄想している自分に気づくことがあります。​「今年は病気が多いなぁ」

​いや、それは過去の話。去年の状態はもう過ぎ去っているのに、今の自分で過去にワープしてあれこれ考えている。そんな自分を客観的に見て、思わずクスリとしてしまいます。

​ふと見上げれば、赤く色づいた実を鳥が食べている。「ありゃ〜。ハイ、ここは人間だけの場ではありませんでしたね。鳥さん、味はどうですか?」​先日は、世間では即座に退治されてしまう「木食い虫」を見かけました。「元気か」と声をかける。

実を言うと私も、スマナサーラ長老のもとで仏教を始めた頃は、毛虫をバケツに集めては長靴で踏み潰していました。今思えば恐ろしいことです。

​しかし、だんだんと心の成り立ちの理解が進み、修行が進むにつれて、「今、ここ」の理解とその観察が面白くなってきました。そうして、心穏やかな世界が心地いいなぁと思えるようになったのです。

​近くの枇杷園ではカラスのせいで収穫が全滅したそうですが、うちでは木の上にやってくるカラスに「元気か? ここ、頼むで」と声をかけています(笑)。​何となく、お互いに通じている感じがするのです。

いつの間にか、私の中から「害虫」とか「害鳥」という概念がなくなりました。私自身が「害人(がいじん)」であることをやめたからでしょうか(笑)。

不思議と鳥たちのつまみ食いもほんの少しですし、カメムシたちの方も手加減してくれているのかもしれません。

さて、いよいよ収穫真っ最中。

私は1年を通してお世話に徹しますが、収穫は一切しません。それを知っている周りの方々が、塩梅よくやってくれます。

 ​実った果実をどのように用いるかは、人間であれ、鳥であれ、虫であれ、その方にお任せ。これもお布施です。「遠離(おんり)を楽しむ」という実践にしています。

 
 
 

コメント


bottom of page