『世間のことに揺らがない』老いの道 〜 養生(心)記「得難い拠り所になっている」
2 日前
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協会の記事ではありません。
サークル仲間の所感です。
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2026年10月24日
『世間のことに揺らがない』老いの道 〜 養生(心)記
「得難い拠り所になっている」
膝の痛みに向き合っていたところ、10月19日から強烈な腰痛に見舞われました。激痛の瞬間は脳天まで響き、一瞬は客観的な観察どころではありませんでした。それでも痛みが落ち着いてからは、「痛み、痛み」と実況中継を続け、心を客観に保ちました。
トイレに立つことすらできず、災害用の凝固パウダーを使って用を足す事態となりましたが、不思議と心は何一つ揺らぎません。「自分」というものへの捉われがないからです。
19日に整形外科を受診したところ、医師からは「背骨はほぼ正常で、ぎっくり腰でもない。このご年齢なら上等です」と言われ、思わず笑ってしまいました。
「一週間は静養するように」との指示を受け、現在は無理なストレッチも控え、寝たり座ったりの生活を送っています。そのような状況下でも、慈悲の瞑想だけは欠かさず続けています。
まさに「今、人生の本番を迎えている」と感じます。24時間ずっと身体と心を観察し続ける機会を得たようなものです。心の中は驚くほど涼やかで澄み切っています。
明日10月25日の「名古屋初期仏教デー」にはスマナサーラ長老がお越しになりますが、今回は残念ながら伺えません。しかし、これまで20年間、名古屋で初期仏教の学びと実践を積み重ね、自らの心を整えてきました。その歩みが今、何物にも代えがたい「確かな拠り所」となっています。
今、まさに人生の本番なり。



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