無漏という生き方

最終更新: 2018年11月11日



協会の記事ではありません。 吉水 秀樹 安養寺住職 のfbより紹介です。


   無漏という生き方

 先日、熊本の市会議員のあめ玉事件が目に止まりました。議会が8時間も滞り、大きなニュースになっていました。その事件に対して、さまざまな人が賛否を唱えて世間を騒がせるニュースになっていました。 意見は大きく二つあります。 「何であめ玉ごときを問題にするのか!」と女性議員を援護して、おっさん(男性)議員の度量なさや、男性中心の封建的な社会のあり方を批判するもの。もう一つは、その女性議員の常識の欠落や人格を批判するもの。  私はどちらの意見を唱える人も背後に「漏」感情の漏れを感じて、この人たちに同調することは危険だと感じました。ことの真相をしらべてみようと私なりにいろいろな人の意見を読んでみました。  この女性議員は、過去に生後七ヶ月の赤ん坊を抱いて議会に出席して物議をかもしだすことがあったらしいです。どうも一種のデモンストレーションであったとか、その前には、体調不良で議会を休んだが実際は東京に行って政治活動をしていたと…。  私はこの女性議員を批判する気持ちはないのですが、どうやら今回ののど飴事件は、最後の引き金になっただけで、それまでの議員間の不信感、不仲、悪感情、憎しみ…といった明確な煩悩(悪感情)が背後にあるのだと知りました。私にとっては当たり前ですが、これはどちらに転んでも、輪廻する世界を強めるだけで、ほんとうの幸福とは縁のない無駄話だと思いました。このようなニュースには、同調することは愚かで、穏やかに静観することが仏教者のあり方だろうと。 有漏と無漏 





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