6月11日 冥想日記『集中と注意 欲求不満と大いなる不満』


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

協会の記事ではありません。 吉水 秀樹 安養寺住職 のfbより紹介です。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


6月11日 冥想日記『集中と注意 欲求不満と大いなる不満』

★集中と注意、サマタとヴィパッサナー(samatha vipassanā)

 それが何であれ一つの対象に向かって注がれる注意【集中】と、特定の対象をもたない注意【観察・気づき】には違いがあります。ブッダの冥想実践者はこの二つの違いを身体で覚えることが大切です。  私たちは何であれ特定の対象に集中することができます。そして、それは私たちに喜びや落ち着きを与えてくれます。しかし、その集中が排除のプロセスであることを見てください。もう一つ、排除のない注意があります。これを「気づき」とか「観察」と呼んでいます。対象を選択しない注意【気づき】です。ブッダの瞑想とは、この気づき【ヴィパッサナー冥想】です。集中力は大切な要素ではありますが、道具にすぎません。

★欲求不満と大いなる不満、単なる憂い・悩み・苦しみと苦聖諦(dukkha ariya succa)

 同じように、人や社会に対する不満、自分の心身に対する不満、世間的なよくある欲求不満と、理由のない不満、欲求不満の産物ではない不満、方向性のない不満、いかなる満足も受容できない大いなる不満が存在します。後者をdukkhaドゥッカ【苦】といいます。  Dukkhaはブッダが最初にお説きになった真理です。このdukkhaを理解しないかぎり、他のいかなる不満も、単に満足感を得るための手段になり、満足感の追求で人生が終わってしまうことになります。

0回の閲覧

友縁

▽当WEBサイトに関するお問い合わせ

tokai.sati@gmail.com | 日本

​© 2018 Tokai Dhamma.