新着法話|巻頭法話 「善悪の超越」 善も悪も執著です(前編)


日本テーラワーダ仏教協会

新着法話|巻頭法話「善悪の超越」善も悪も執著です(前編)


●ブッダの戒め 七仏通誡偈としても知られる、ブッダの教えをすべてまとめた偈があります。

Sabbapāpassa akaraṇaṃ  すべての悪を犯さないこと Kusalassa upasampadā  善に至ること Sacittapariyodapanaṃ  自らのこころを清めること Etaṃ buddhāna sāsanaṃ  これが諸仏の教えである (Dhp.183、ダンマパダ183偈)


 単純でわかりやすいと思われるように説かれた偈です。ブッダの教えをわかっただけで、人格向上するわけでも、こころ清らかになるわけでも、煩悩がなくなるわけでも、解脱に達するわけでもありません。この教えを実践しなくてはいけないのです。おこなうべきものは、シンプルであればあるほどよいのです。理解することすら難しい戒めを実践しようとしても、完成することはできません。この偈は、完成するまで実践できるように説かれた教えです。

●普遍的な真理  これは、誰にでも納得できる教えです。解脱を目指す仏教徒だけでなく、宗教に興味すら持たない一般の方々にも実践できます。悪・罪(pāpa)を犯さないこと。人間なら誰でも認められる言葉です。悪を犯さないように自分の生き方を制御するならば、それが善(kusala)になります。悪を犯さないと決めて生きることで、生き方そのものが善行為になるのです。ふつうに生きることが善行為になるならば、それはこの上ない素晴らしい生き方です。

 偈の二行目は一般的に「善行為をすること」と訳しますが、本意は少々違うと思います。悪を犯さないように戒めるだけで、善行為です。二行目の意味は、「善に至ること」です。要するに、善い人格を築き上げることです。善行為をするだけで止まらず、善人になろうと励むのです。

 三行目の意味は、「自らのこころを清めること」です。こころは煩悩で汚れています。その煩悩をなくす努力をしなくてはいけない。こころを清らかにする仕事は、必ず本人がやらなくてはいけないのです。他人に頼んで清らかなこころを作ってもらうなんて、あり得ない話です。

●俗世間の善悪観  一般人は、この教えを「悪行為をやめて、精一杯善行為をすることである」と単純に理解して実行しているのです。「悪を犯すと不幸に陥るのだ、善を行なうと幸福になるのだ」というのは、一般的に知られている仏教の話です。だから一般の仏教徒は、五戒を守ることで悪から身を守ろうとするのです。それから、さまざまな善行為をして、功徳を積もうとします。たくさんの功徳が積まれたところで、解脱に達するのだと信仰しているのです。ブッダ本来の教えとは少々変わっているが、仏教徒たちはそれを気にしないのです。なぜならば、悪を犯さないこと、善を行なうことは、どう見ても善い生き方に決まっているからです。

●存在欲を守るという善悪  これから、善について少々考察してみましょう。すべての生命に存在欲があります。だから、生きていきたいのです。死にたくはないのです。生命の生き方とは、命を支えてくれる行為をすすんで行うことと、命を脅かす行為を極力避けることです。木の枝に完熟した果物がぶら下がっているとしましょう。お腹が空いているから、手を伸ばしてそれを取って食べたいのです。それは命を支える行為です。

 手を伸ばそうとして枝を見ると、毒蛇が枝に巻きついているのを発見します。では、その人はどうすればよいのでしょうか? 当然、命を脅かす原因を避けて、命を支える行為をしなくてはいけないのです。その人が、蛇におびえて逃げたとしても、棒を持って蛇を脅して追い払ってから果物を取って食べたとしても、どちらでも構いません。その人がどんな態度を取ろうが、そちらに正解・不正解ということはありません。

 存在欲が強ければ、蛇を追い払うでしょう。恐怖感が強ければ、逃げるでしょう。どちらの行為もおおもとは存在欲から発生するものです。生命は、命を支える行為を進んでおこなう。命を脅かす行為を極力さける。これが世間一般的に語られる善行為になります。命を脅かす行為は悪行為になるのです。つづく

▼参考テキスト 「善悪の超越」善も悪も執著です https://j-theravada.net/dhamma/kantouhouwa/kantou266/

▼Photo by Ingmar Hoogerhoud on Unsplash

生きとし生けるものが幸せでありますように #jtba #仏教 #Buddhism #スマナサーラ長老 #善悪 #執着

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