2562年9月16日 マーヤーデーヴィ精舎

最終更新: 2018年9月26日


協会の記事ではありません。 サークル仲間の所感です。  <大仏とやっさんとやさしい教え>


加納 康彦


2562年9月16日 マーヤーデーヴィ精舎


『人生はお気楽に、やるべきことをやればいい。自分勝手に無謀なプログラムを作り上げ、その通りに事を進めようとするから無理が生じてしまうのです。自然の流れに従いながら、自分に課された義務を果たしていれば、それなりにうまくいくのです。結局「まぁまぁかな…」くらいでいいんです』

なんだか最近、いろいろと忙し過ぎて嫌になります。でもそんな忙しさは、自分自身が演出したものではないのかって疑たがってみました。忙しくない仕事は仕事じゃないって自分で決めつけてはいないか考えてみました。それは意味のない執着なのかも知れません。

『ユニコーンの角に執着する意味は、どこにもないのです。執着する対象そのものが、実は存在していないただの幻に過ぎないのです。その考えを捨て去れることで執着は消えてしまいます』

日々、勘違いしていることが、意外に多いと感じます。自分は正しいとする妄想がいつまでたっても消えません。これは由々しき問題です。

『世俗的道徳と仏教的道徳は違います。世俗的には、破壊をした ⇒ 仏に対して失礼なことをした ⇒ 地獄に落ちて苦しむ。でも仏教的には ⇒ 破壊した ⇒ (もともとダメな人だったんだから)今度はがんばりましょう、で終わり』

仏教はとてもやさしいです。 私は不善な行為をしてしまうものだから、不善をしないよう努め、善に励むこと。それだけです。

今回の法話もとっても楽しかったです。 そしてよく学べました。



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