仏道実践の道しるべ Ⅱ【隨念・随観】編

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協会の記事ではありません。 吉水 秀樹 安養寺住職 のfbより紹介です。


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仏道実践の道しるべ Ⅱ【隨念・随観】編


 悟りに直線的に向かうヴィパッサナー冥想とは別に、隨念による仏道実践の道があります。私は初期仏教に出会って以来、日常的に実践しています。「隨念」という仏教用語は、随観・憶念・観想・観察とも訳されていますが、わかりやすく言えば「側において常にこころに念じること」です。  現代的に言えば、表層の意識で真理の言葉・慈悲を念じて、深層の意識を真実に変容させることです。修行法としては簡単なのが特徴です。

 有名なのは、「死隨念」「無常随観」「慈悲隨念」などです。その中で私が毎日実践しているのは、「死隨念」です。実際の内容は「私は死にます」と念じることです。普段は無意識的に「私は生きていたい」と思っています。しかし、それは願望であって事実は、「私は死ぬ」ということになります。そんな訳で、仏教の隨念は、願望ではなくて真実・事実を念じます。執拗な生への執着が薄れて修行がすすみます。

 ものすごく、身近で何時でも何処でも修することができます。念じた瞬間から直ちに効果があらわれます。坐る冥想をしていて、妄想が多くこころが落ち着かない時に、「私は死にます」「私は死にます」「私は死にます」と念じたら、即座に正気に戻ることができます。私はスマナサーラ長老の言葉から学んだ隨念を念じています。

 以下いくつか紹介します。ポイントは一見暗い言葉のようですが、実は事実です。事実を念ずる者はこころが明るくなります。事実・真実と納得して念じることが大切です。願望を念じる者のこころはいずれ暗くなります。

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 ★仏教者としての日々の、修行・冥想・隨念 女性であろうが、男性であろうが、在家者であろうが、出家者であろうが、 仏教者が常に念ずべきこと。

【老い】  私は老います。私は老いる性質を乗り越えていません。 私は老います。私は老います。

【病】   私は病気になります。私は病という性質を乗り越えてはいません。私は病気になります。私は病気になります。

【私の好きな物】 私の好きな物はすべて変化します。 私の好きな物は、すべて離れてゆき壊れゆきます。 私の好きなものは壊れゆきます

【死】  私は死にます。私は死という性質を乗り越えてはいません。 私は死にます。私は死にます。私は死にます。

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 ★死隨念  すべての生命は必ず死ぬ 死は避けられない 水に描く線のように命は消え去る 命は儚い、死は確実 「死にたくない」とは、地球の自転を止めようと努力するようなことと納得すれば、こころは安穏に達する


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