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> ブッダとダイバダッタ――ブッダの聖地2562(その4) 2019.02.14
社長ブログ(ほぼ毎週金曜日更新)
ブッダとダイバダッタ――ブッダの聖地2562(その4)
ディズニーランド化する仏跡
マガダ国の都・王舎城(ラージャガハ)に入り、 ナーランダ大学、竹林精舎、ビンビサーラ王の牢獄址、 そして霊鷲山をまわった。
ナーランダ大学もすっかり様変わりしていた。
生け垣があり、 とにかく整備されている感じで、
ブッダガヤもそうだが、ディズニーランド化されている感じだ。
その場所場所での特徴がなく、 整備するやりかたがワンパターンのような気がする。
日本ならば、法隆寺や平泉がワンパターンに整備されて ディズニーランド化されたらどんな気がするだろう。 📷📷
前回も思ったのだが、スマナサーラ長老は、 仏跡に来ると宗教考古学者のような一面をみせる。 科学的証拠のない竹林精舎や霊鷲山は、お気に召さないらしい。
この日のハイライトはビンビサーラ王の牢獄址と霊鷲山だった。
ドラマティックなビンビサーラ王の牢獄址
牢獄址では、『ブッダの聖地』に掲載されている話より、 バージョンアップした感じだ。 📷 ビンビサーラ王が熱心な仏教徒で、 若い青年を僧に選抜したときにダイバダッタが含まれていたこと。 彼はシッダッタ王子の妃、ヤソーダラ夫人の兄か弟であること。 もともとブッダに対してライバル心が強く 、 アージャタサットゥ王子を心理的にコントロールしてブッダに対抗したこと。 ビンビサーラ王の息子への愛情。 そして、ダイバダッダの非業の死。 壮絶なエピソードは、 まさに映画化できるんじゃないかと思ったくらい感動した。
📷 ところで、『ブッダの聖地』は、最初に刊行した上製の単行本が品切れ中なので、 改定版にして刊行しようかと、その夜、サンガ社員と真剣に話をした。
長老と共に霊鷲山を登る
霊鷲山はけっこう坂がきつい。 江戸時代にあったような籠に乗せて運んでもらうことができる。 往復2,000ルピー、約3,300円である。 スマナサーラ長老にも、もちろん勧めてみたが、 「気持ちが若いから、(こう言うものに乗るのは)嫌なんですね」 と言っていた。
そこで霊鷲山の登下山は、 休み休み、長老と僕と十数人で行くこととなった。 📷 僕にとっては霊鷲山そのものより、 その行程のほうがすごく思い出になった。 📷 スマナサーラ長老は、一歩一歩、着実に歩みを続け、 「『途中で登るのをやめる』ということだけ決めて、登りはじめたんですけど、 どこでやめるかを決められないんですね」 などと言いながら、結局は頂上までたどり着いたのだった。 📷 頂上では、先に到着していたタイの仏教徒たちがお経をあげていた。 その後ろの場所に、サライの人たちがオレンジ色のシートを準備してくれていたので、 僕たちはそこに座った、
そして、沈む夕日の中で、 スマナサーラ長老と一緒に、慈悲の瞑想をした。
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