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その時これは「来たれ、見よ」と言える確かな教えである


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協会の記事ではありません。 サークル仲間の所感です。 ++++++++++++++++++++++++++++++++



もう二十数年前のことですが、友人の母親が肺がんになって、あと数ヶ月の余命ということで病院にお見舞いに行くことにしました。その頃は、舟橋さんのご縁で新大阪のお寺で毎月例会をしておりました。例会が5時に終わると、新大阪駅前のホテルのラウンジで長老を囲んで2時間くらいお話をするのが恒例になっていました。お見舞いの前にそのラウンジで長老に「何かアドバイスを」とお願いしたところ、身体をスキャンして感覚を感じるという瞑想を教えていただきました。

頭のてっぺんから足のつま先まで少しづつ部位に分けて感覚を感じていく瞑想でした。これなら寝たきりでもできるなと思いつつ、病院に行きました。

その方はお寿司屋さんの女将で、旦那さんを早くになくされた苦労人でしたが、そこは大阪のおばちゃんらしく明るく迎えてくれました。

「スリランカの偉いお坊さんがこれをやったらいいよって言ってたで」と一応習った通りに教えました。結構興味を持って聞いていたように思います。じゃあ頑張ってねとお別れいたしました。

その後正直なところ、そのことはほとんど忘れておりました。二ヶ月くらいして亡くなられたという電話があり、お通夜に行きました。ちょっと遅れて行ったのですが葬儀場に入ると、何か雰囲気が違う、極端に明るい雰囲気を感じました。

お顔を拝見すると、満面の笑みで実に気持ちよさそうなお顔でした。友人の医療関係者が「顔の筋肉の具合でこうなることもあるんよ」と言っておりましたが、崇高な感じが漂っておりました。

話を聞いてみると、教えられた瞑想を毎日熱心に二ヶ月間実践し、亡くなる少し前にお家に帰られたそうですが、「兄ちゃんに痛みを観るようにと言われたから」と言って酸素ボンベをつけないで帰宅されたそうです。「お前、あの時どえらい目にあったんやで」と友人に言われてしまいました。そのくらい熱心にされていたことをその時初めて知ったわけです。そして亡くなる前に「苦しみは苦しみ、楽しみも苦しみや」と言われたそうです。自分がちょっとカッコつけて瞑想しているのが恥ずかしくなったのを覚えています。苦労されたお寿司屋の女将が

最後に瞑想に出会い、仏教の瞑想とも知らず懸命に取り組まれたのでした。

その時これは「来たれ、見よ」と言える確かな教えである、という言葉を思い出したことでした。

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