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「自ら確かめる」ブッダの教え 真理は、自分の力で発見するもの


【永久保存版】28年前のPatipadāに掲載されているスマナサーラ先生の冥想力 at マハーシ冥想センター

20237/13

志操堅固

2023-07-13

先日、現地ミーティングのために仏法学舎を訪れた際、ある会員の方から1994年9月24日発行(通信No.27)のパティパダーを貸していただきました。少し前に亡くなられたベテランの会員さん(私も特に会員になりたての頃、随分お世話になりました)の遺品だそうです。発行者は「上座仏教修道会」となっています。

28年前です

全部で4ページしかありません。ここから約30年にわたって膨大な量の仏教の智慧が展開されることなど、当時は誰一人として想像できなかったでしょう。偉大なる活動の始まりです。2~4ページには、「旅の終わり、そして旅のはじまり」と題して、鈴木一生さんによるマハーシ冥想センターでの修行体験記が掲載されています。その中に、スマナサーラ長老がマハーシに合流されて、鈴木一生さん達とご一緒に冥想されたときの様子が記述されています。

とても興味深い内容で修行者の役に立ち、史料価値も高いと思いますので、シェアさせていただきます。

ヴィパサナ冥想はいまの自分に気付くことである。どんな環境であろうとも、その心に気付き、サティが出来ればいいはずだ。それが分かったのは、スマナサーラ先生がマハシに来て、40日ほど一緒に冥想をして頂いた時であった。スマナサーラ先生の合流は私にも大きな力を与えてくれた。と同時に、他の冥想者にも影響を与えた。そのとき冥想をしていた外国人は、スイス、アメリカ、オーストラリア、韓国、などから来ていた。冥想が20日を過ぎたころから、スマナサーラ先生の冥想に凄味が加わってきた。道場に入ったままで、宿舎には帰ってこないのだ。私達は夜9時には道場の冥想を切り上げ、宿舎に向かうのだが、朝になっても先生は帰ってこない。寝ている時間がないのだ。多分冥想をしながら仮眠するのだろうが、2時には道場に入る人もいるし、夜も11時まで頑張る人も出てくる。そうすると、その間に仮眠を道場でとっても、3時間の睡眠時間となる。それだけで人間は持つものなのか。毎日のことだけに心配になる。それにつられて、回りで冥想している人たちの顔つきも変わってきた。私も自分が急激に心が変わってきたのが分かる。一人の力でこれほどにも皆が変わるものかと、びっくりしている。確かに、2500年前にはお釈迦様一人の力で多くの人々を導かれた。であればここにいる5人や6人を進ませる影響力ぐらいはあるだろうなと、考えていた。スマナサーラ先生が帰った後、三カ月過ぎたら他に変わろうと思っていた心はなくなっていた。・・・Patipadā(1994.9.24発行)「旅のおわり、そして旅のはじまり -ミャンマー・マハシ寺院6ケ月体験記-」鈴木一生

先生、お若い。でもあまり今と違わない気もします

先生は、単身日本に来られて、ゼロ(というより超マイナス)からお釈迦様の本来の教えを広め始めました。日本人は何も知らなかっただけでなく、初期仏教に誤った偏見を持っていました。そこからスタートされて、今も大勢の日本人を導かれている先生の冥想力・心のパワーとはこのように凄いものだと、これが本物の仏教徒の修業であると、坐ってグーグー寝ている場合ではないと、一読して心に電流が走りました。

集中力が高まってサマーディ状態になると、心に強烈な喜び、喜悦感が現れます。しかし、欲から得られる喜びと、サマーディから得られる喜悦感とは、方向が正反対なので、サマーディを作るためには、欲から離れること(vivicceva kāmehi)が不可欠の条件となります。一般的に、集中力は日常生活においても役に立つものです。集中力がない人には、なに一つ成し遂げることができません。集中力自体、心に大きな喜びを与えます。ですから世間では、音楽、踊り、ゲーム、競輪・競馬などの遊びに、誰もが簡単に惹かれてしまう。しかしそれらに集中すると、ひどい依存症に陥る場合があります。依存症が起こらないこと、欲・怒りなどの感情が消えること、束縛がなくなること、心が自由になることが「正定」の必要条件です。

「自ら確かめる」ブッダの教え

真理は、自分の力で発見するもの。自らの実践して、体験として掴むもの。道の完成に向かって一歩ずつ、ステップ・バイ・ステップで挑戦していきたいと思います。一人が落ち着くと、心の力が伝播して、周りにも良い影響を与えるそうです。日本でお釈迦様のまことの教えと指導者に出会わせていただいたことは、私にとって最高の幸運です。深く感謝いたします。サードゥ。

志操堅固

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